作品紹介vol.44

本日ご紹介する掛軸は、二人の画家今尾景年(いまお けいねん1845-1924)と鈴木松年(すずき しょうねん1848-1918)の合作「郭子儀(かくしぎ)之図」という作品です。二人とも明治から大正にかけて活躍しています。どのような分担でこの画が完成したのかは不明です。鈴木松年の署名が初号の「百僊」とありますので、松年が20歳代から30歳頃に画いたものと推測します。「郭子儀」は、中国唐代の武将。玄宗の時、安禄山の平定に功を成し、その殊勲第一とし、「位人臣を極め家人三千人、八子七婿皆栄達」という大出世を遂げた人物です。また郭子儀は長寿だったので、古来、好画題としてしばしば描かれており、大変縁起の良い掛軸になります。政治家として、武将として、頂点を極めた郭子儀が、その勇猛な世界から解放されて、寛ぐ表情が見事に表現されている作品ですね。掛軸と一緒に2枚の文書も入っていました。古箱は、二人の落款が押印されていないため「極箱」、真贋につきましては不明とさせていただいております。ヤフーボックスに追加画像を投稿しておりますので下段【詳細画像】をクリックしてご確認下さい。

掛軸 今尾景年 鈴木松年(百僊) 郭子儀 古美術筑前 野田和孝
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■今尾 景年(いまお けいねん、弘化2年8月12日(1845年9月13日) - 大正13年(1924年10月5日)は、日本の明治から大正にかけて活躍した四条派の日本画家。幼名は猪三郎、のち永観。字は子裕。景年は画号で、別号に三養(画史)、聊自楽、養素斎。 色彩豊かな花鳥画を得意とし、「綺麗濃褥」と評された。

鈴木 松年(すずき しょうねん、嘉永元年6月14日(1848年7月14日) - 大正7年(1918年1月29日)は、明治から大正にかけて活動した日本画家。本名は謙、幼名は百太郎。初号は百僊(ひゃくせん、百仙とも)で、32歳頃に松年に改める。鈴木派の祖・鈴木百年の長男で、弟に鈴木百翠、鈴木万年。上村松園の最初の師としても知られる。

父のおとなしい画風とは対照的な、豪放な作風と狷介な性格で「曽我蕭白の再来」と評され、今蕭白とあだ名された。

 

【作品詳細】

■今尾 景年・鈴木 松年合作「郭子儀図」 水墨画着色

■模写

■印刷ではありません。絹本に画かれています。

■軸作材質:木

■極箱

■作品サイズ(mm)

本紙:380×1040

総丈:465×1900

軸長:520